抱え込まない看護は、手を抜くことではない― 特養で働く中で、私が大切にしている考え方 ―

看護師
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はじめに|少し立ち止まった理由

特養で働いていると、
「看護師が頑張れば、なんとかなる」
そんな場面に、よく出会います。

私も以前は、
気づけば仕事を抱え込みすぎていました。
誰かが困らないように、
現場が止まらないように、
つい全部引き受けてしまう。

でもある頃から、
「このやり方、ずっと続くのかな?」
と思うようになりました。

今は、
仕事を抱え込まないことを意識しています。

うまくできない日もありますし、
今でも迷うことはあります。
それでも、今のところ
このやり方が一番しっくりきています。


判断を「渡す」関わり方

褥瘡を作った状態で、
退院してこられた利用者さんがいました。

ポジショニングや除圧について、
やり方を細かく教えることもできます。
でも私は、あえてそこは控えめにして、

  • なぜこの姿勢なのか
  • どこを見て「今、除圧が必要」と判断するのか

考えるための基準を伝えるようにしました。

すると、
スタッフが自分で考えて動くようになり、
褥瘡は2週間ほどで改善しました。

私がずっと指示していたわけではありません。
でも、現場はちゃんと前に進んでいました。


任せることと、立ち止まること

別の日、
主任スタッフが看護師の指示なく
誤った胃ろう準備をして
「しておきました」と報告してきたことがあります。

二度手間にはなりましたが、
まず、してくれたことにはお礼を伝えました。

そのうえで、
次回からは不要であること、
確認のない自己判断で医療的ケアを行うことはよくない
という点は、きちんと伝えました。

任せることと、
任せてはいけないこと。
ここは、その都度立ち止まって考えるようにしています。


今の私のスタンス

私の考え方は、たぶんこんな感じです。

  • 楽をしたいわけではない
  • 誰かを管理したいわけでもない
  • 何かあれば前に出るつもりではいる

その上で、

他の人のクオリティが上がれば、
結果的に自分も、現場も少し楽になる

そう思っています。

ここで言う「楽」は、
気を抜くことではありません。
誰かが休んでも、
誰かが抜けても、
慌てなくてすむ状態、という意味です。

全部を自分でやらない代わりに、
抜けていそうなところを見て、
必要なところだけをそっと支える。

今は、そのくらいの距離感で働いています。


抱え込みについて思うこと

抱え込むことが続くと、
それが本当に優しさなのか、
立ち止まって考えたくなることがあります。

一人が頑張りすぎると、
他の人が考えなくなってしまうこともある。

だから私は、
少しずつ手放すようになりました。
最初からうまくできたわけではありません。
失敗もありました。

それでも、
今の方が現場は落ち着いている気がします。


任せるという判断について

任せる、というのは
放っておくことではないと思っています。

任せると決めた以上、
何かあれば自分が前に出る。
そのつもりでいます。

管理している感覚というより、
現場が傾きそうなときに
手を添える位置にいる、
そんなイメージです。


おわりに|未来の自分へ

特養で働く50代看護師は、
責任感が強く、
つい無理をしがちな立場だと思います。

でも、
自分が倒れないことも、
現場を守る大事な仕事の一つ。

「全部自分でやる」以外にも、
現場を回す方法はある。

たぶんまた迷うと思うので、
そのときの自分に向けて、
この考え方をここに残しておきます。

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