「ごめんなさい、嘘つきました(笑)」記憶より確認を優先する特養看護師の仕事術

50代看護師の働き方
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看護師をしていると、突然聞かれることがあります。

「この人、昨日の血圧どうだった?」
「家族にはもう連絡した?」
「この薬、いつから変わった?」

こういうときに限って、

「えーっと……たしか……」

と、頭の中を必死に探し始めるんですよね。

でも最近の私は、あまり探しません。

分からなければ、

「分かりません。確認します」

で終わりです。

なぜなら、

脳内メモリをどれだけ絞っても、入っていないデータは1バイトも出てこない

からです(笑)。

思い出そうと頑張るより、記録を見た方が早い。

電話一本で確認できるなら、聞いた方が早い。

長く看護師をしてきて、私はだんだん「自分の記憶を過信しない働き方」になってきました。

これが意外と、楽なんです。

脳内メモリを10分検索するより「記録を見る」が早い

質問されると、

「ちょっと待ってくださいね……」

と、自分の記憶を探したくなることがあります。

昨日だったかな。
一昨日だったかな。
誰かが言っていたような。
いや、別の人だったかも。

この状態、あまり効率がよくありません。

時間はかかるし、結局確信も持てない。

しかも相手がドクターだったりすると、こちらが考えている間に、なんとなく表情が曇っていく(笑)。

そんなときは、早めに諦めます。

「確認します」

そして記録を見る。

必要なら電話する。

たいてい、その方がずっと早いです。

「それくらい把握してないの?」と言われることもある

もちろん、こんなふうに言われることもあります。

「それくらい把握してないの?」

確かに(笑)。

私も、

「ですよね(笑)」

と思います。

ちょっと恥ずかしいこともあります。

できれば覚えていた方がいい。
そのくらいは把握しておいた方がいい。

そう思うこともあります。

でも、その瞬間に記憶が曖昧なのは事実です。

そこで取り繕っても、記憶が急に鮮明になるわけではありません。

だから私は、

「ですよね(笑)。確認します」

で終わらせます。

少し恥ずかしくても、曖昧なまま答えるよりはいい。

分からないものは確認する。

その方が、自分も楽です。

記憶って、思っている以上に曖昧

以前、職場で、

「去年はこういう流れでやっていたよ」

と、ある手順について自信を持って説明している人がいました。

でも、私はそのときの業務に関わっていたので、

「あれ、実際は少し違ったような……」

と思ったんです。

「去年は、こうだったと思いますよ」

と伝えてみても、なかなか相手の記憶が変わらない。

そのとき心の中で、

「その自信はどこから来るんだろう……」

と思いました(笑)。

でも、そこで終わりではないんですよね。

相手の記憶が曖昧なら、私の記憶だって同じかもしれない。

忘れているなら、まだ分かりやすいです。

厄介なのは、

「ちゃんと覚えている」
「たしかにそうだった」

と自信まであるのに、実際とは違うことがあること。

記憶って、本当に曖昧です。

だから私は、自信の強さを正しさの証拠にしないようにしています。

確認できるものは確認する。

そのくらいでちょうどいいと思っています。

記憶より、確認できる情報

私は、

「覚えていること」より「確認できること」

を優先するようにしています。

記録にあるなら記録を見る。

本人に確認できるなら本人に聞く。

家族への連絡状況なら、記録や実際に連絡した人に確認する。

あやふやな記憶を立派に見せるより、

確実な情報を返す方が早い。

その方が、自分も疲れません。

迷ったら、早めに「確認します」と伝える

分からないことを聞かれたとき、私が気をつけているのは、

分からないまま長く考え込まないこと

です。

本当に分からなければ、

「分かりません。確認します」

ちょっと記憶はあるけれど確実ではなければ、

「こうだったと思いますが、確実ではないので確認します」

と、なるべく早めに伝えるようにしています。

曖昧なまま話し続けるより、その方が相手も待たなくて済みます。

数秒の「暗号通信」で済むこともある

長く一緒に仕事をしているドクターだと、言葉すらいらないこともあります。

先生がこちらを見る。

私も先生を見る。

「これ、そうだったよね?」

みたいな顔をされる。

分かればうなずく。

違えば首を横に振る。

分からなければ、

「はて?」

という顔で首を傾げる(笑)。

数秒で、

YES・NO・未確認

くらいは伝わります。

もちろん、重要な内容はきちんと言葉や記録で確認します。

でも現場って、こういう小さなやり取りが結構あります。

間違えたら、早めに訂正する

どれだけ気をつけても、記憶違いをすることはあります。

「あ、さっき私こう言ったけど違った」

と気づくこともあります。

普段からよく顔を合わせていて、関係ができている相手なら、

「ごめんなさい、嘘つきました(笑)。こっちが正解でした」

と言うことがあります。

もちろん、本当に嘘をついたわけではありません。

単なる記憶違いです。

でも、誰にでもこの言い方をするわけではありません。

あまり関係ができていない相手や、きちんと説明した方がいい場面では、

「先ほどの説明は、確認したところ違う部分がありました。申し訳ございません」

と、普通に訂正します。

大事なのは言い方ではなく、

間違いに気づいたら、早めに正しい情報へ訂正すること

だと思っています。

「いや、たぶんそうだったと思うんですけど……」

と粘るより、その方がずっと早い。

医療現場では、間違った情報をそのままにしておく方が困ります。

変なプライドより、訂正の速さ。

その方が自分も楽です。

「知らないと思われたくない」が一番疲れる

経験年数が長くなると、

「これくらい分かっていて当然と思われるかな」

と感じることがあります。

だから、分からないと言うのが少し恥ずかしい。

私にもあります。

でも、経験年数が長いからといって、全部を覚えているわけではありません。

利用者さんの状態。

薬。

処置。

家族への連絡。

受診予定。

ドクターからの指示。

毎日たくさんの情報が入ってきます。

全部を頭の中に置いておこうとしたら、それだけで疲れます。

だから私は、

  • 分からなければ分からないと言う
  • 曖昧なら曖昧だと伝える
  • 記録を見る
  • 必要なら確認する
  • 間違えたらすぐ訂正する

これで十分だと思っています。

「分かる」と言ったときに、信用してもらえる方がいい

毎回すぐに答えられる人になるより、

「この人が分かると言ったなら、確認できているんだな」

と思ってもらえる方が、私はいいです。

分からないものを分からないと言う。

曖昧なものは確認する。

間違ったら訂正する。

その積み重ねの方が、結果的には信頼につながるんじゃないかなと思っています。

自分の記憶を過信しない方が、仕事は楽になる

私は、自分の記憶をまったく信用していないわけではありません。

ただ、

「覚えているつもり」と「確実に確認できている」は別

だと思っています。

だから、

これは覚えている。

これはちょっと怪しい。

これは確認した方がいい。

その区別だけは、なるべく早くつけるようにしています。

脳内メモリを必死に検索するより、記録を見る。

必要なら聞く。

間違えたら、早めに訂正する。

少し恥ずかしいことはあります。

「それくらい把握してないの?」と言われたら、

「ですよね(笑)」

と思うこともあります。

それでも、曖昧なまま答えるよりはいい。

自信があることと、正しいことは別。

今の私は、そのくらい自分の記憶を疑っている方が、一番省エネで安全です。

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